*毒塊人間

私は常に現代人は毒の固まりだといっているが、随分酷い言い方と思うかも知れないが、これが事実であってみれば、どうにもならないのである。信者の誰もが知る如く、今日どんな人でも祖先から受け継いだ先天性薬毒と、生まれてから入れた後天性薬毒との二種の薬毒によって、毒の固まりになりきっている。というのは、私は二十数年来今日まで、何千何万の人間を取扱って来た経験によっても、そうでない者は一人もない。残らずといいたい程、人間の形をした毒の固まりといっていい。勿論 浄霊によれば容易に溶解排除せられ、病気も生命に別条ないまでによくなるが、薬毒全部をとってしまう事は、まず一生かかっても難しいであろう。
このような訳だから、今日人間の形をした毒の塊が、高慢な理屈を言ってノサバッているのだから、これを吾々から見れば滑稽千万であり、碌な知恵も出ないのは当然であろう。そうして私が常に唱えている如く、その毒は人間が神経を使う所程集溜固結するのが法則であるから、近代人の如く非常に頭脳を使う以上、首のまわりから肩へかけて固まっている。どんな人でもその辺を探れば、必ず大小様々の固結やグリグリがあるからよくわかる。
この固まりの浄化作用が風邪であるから、そのまま放っておけば、毒素は順調に排泄され治るものを、無知な医学は薬その他の手段で出るのをとめ、固めようとする。その上その為の薬毒も追加されるとしたら、それだけ固まりも増え、ますます毒塊人間となるのは当然で、浄化も起こりやすくなり、今日の如く病人が多いのである。しかも頭脳が最も侵される為、近頃の如く頭の悪い人間が増えるばかりで、どんな人でも頭痛、頭重、朦朧感、焦燥感、眩暈 等の苦痛のない人はほとんどあるまい。この結果物の判断力が鈍く、正邪の区別さえつかず、常識の欠乏、知能の低下、鈍知鈍感、何事もその場限りで済ましてしまうのは、御自分を見てもよく分かるで あろう。従って病気、犯罪、貧困、争い等々忌わしい事の多いのは驚くばかりで、社会はさながら地獄絵巻である。
そうして特に言いたい事は、知識人のレベルの低さである。彼等の説くところ矛盾撞着、定見も主張もなく筋も通らず、ただ活字の羅列に過ぎず、ほとんどは原稿稼ぎといってもいい位で、近頃の論説を読んでも後へ残るようなものは滅多にない。その中での二、三の例をあげてみるが、まず宗教家である。彼等の説くところ、何百何千年前の骨董的教説に、新しい衣を着せたようなもので、何等新味はない。勿論人々に感動を与えるなどはまずあり得ないといえよう。又政治家にしても普通の頭なら、せいぜい三十分位で結論の出るような問題でも、大勢かかって幾日も練るどころか、何ヵ月、何年に及んでも結論が得られないのを見ても、その頭の悪さ加減が分かるのである。一例として彼の再軍備問題にしても、この可否など実に簡単明瞭であるにかかわらず、すったもんだで未だに結論が出ないにみても肯くであろう。これも知慮あり信頼出来る指導者がないからでもあろうが、困ったものである。それについて私は常に部下にいっている事は、相談や会議の場合、三十分以上かかるようならやめたほうがいいとしている。それでもまとまりそうもない時は、私はワンマン振りを発揮して、一言で片付けてしまう事もよくある。本教が何事もスピード的に運んでゆくのもその為である。次に経済界であるが、これもあまりに頭が悪過ぎる。衆知の如く政府や財界の主脳者始め、日本の商工業者がいつも苦しんでいるのは借金である。恐らく世界中日本位借金インフレの国はないであろう。この最大原因こそ利潤と利子との釣合せが下手糞な為と、事業盛衰の判断力、世界の趨勢や国家経済の動向などに見通しがつかな過ぎるからである。それもこれも鈍知の為は勿論、借金の苦労がそれに拍車をかけるからでもある。
まだ色々あるが、これだけでおよそわかったであろうが、今一つ言いたい事は、近頃の如く社会各面における忌わしい問題の多い事である。交通事故、火災、鉱山の災害、殺傷沙汰、自殺、心中、裁判沙汰等の外、風水害、農村の病虫害等々、要するにそのことごとくは頭脳の明敏をかく結果で、その原因こそ薬毒であるから、何としてもこれに目醒めさせなければならないと痛感するのである。遠慮なくいって現在の社会は、毒塊人間が押合いへシ合い、うごめいているとしか思えない程で、思えばこれを浄め給う神様のお手数こそ、さこそとお察しする次第である。

【昭和28年(1953)御発表】

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